「いつだって」



いつから共にいるのかと考えると、それはもう気が遠くなるほど昔から共に在った。
ただそれは言葉の意味だけの事実であり視点を変えれば共にいたとは言えない。
存在としての距離は近かった。何せ互いを同胞とも呼べて、形をもって存在する理由は同じなのだから。
しかし、そこにどれほどの意味が在ったのだろう。
結局自分は最初から独りである事を選んだのだから。

陽射しの眩しさに目を細めながらも紅蓮は太陽を見上げるのをやめなかった。
彼は邸の簀子に腰を下ろして何をするでもなく、思考だけを無意味にぐるぐると回して数刻ぼぅっとして
いた。
思考の迷路は何から始まったのだろう。――そうだ、この太陽を見上げてからだった気がする。
雲ひとつない真っ青な空にあるそれは光り輝く輪をその円かな姿に纏い燦々と照る。その生気に溢れた様
と目映さが昌浩を彷彿させた。きっと、そこからだ。
伸びる枝葉の如く思考は広がり、太陽から己の行く道を照らす子どもへ、子どもから主へ、主の静けさと
ただ穏やかに見守ってくれる様が月の光を呼び起こし。

そうして見守るという言の葉が黒曜の瞳を持つあの人まで導いた。

見守っていてくれていたのだと気付いたのはいつからだったか。
自分はある意味で異端であったから他人の目など気にしていなかったのだ。だからその感覚がどうしても
鈍くて、気付いたのはつい最近であったように思う。
情けない事に、光の導である子どもとの間にあった大切なものを失った後の事であったりだとか、天狐に
よって彼女の存在を危うくされた時だとか。そんな事があって、やっと気付けた。

己は愚かで。いつも、何かを失くしかけなければ気付かないほど愚かで。

黒曜の瞳は、何処か遠くであれ僅か程でも気にかけて、在ってくれたのに。
それはいつも形を変えて――気安さを伴っての軽口だとか厳しいほどの叱責だとか。
どうであれ、其処に在る優しさを自分は今まで知らずに居たのだ。

昌浩は太陽、晴明は月。
では、彼女は?彼女のその優しさは一体何に近いのだろう。
更に思考の枝を伸ばそうとした、その時。



「騰蛇?」



己だけの世界であったのに、聞きなれた声が唐突に割り込んで紅蓮は慌てて背後を仰いだ。
其処には予想に違わず黒の色彩を纏う女の姿が在った。腕を組んで面白そうに黒曜の瞳を揺らめかせて見下
ろしてくる。

「お、まえ…っ!?」

つい先程まで脳裏を占めていた存在に、驚いただろうが、と告げても素知らぬ顔で彼女は断りもなく隣に腰
を下ろしてきた。

「驚いた、か。では其処まで何にお前が気をとられていたのか、興味深いな」

ん?とその眼差しで問いかける彼女に、まさかお前だと正面切って伝えられる筈がなく紅蓮は返答に詰まっ
てしまう。
内容とてどう言えばいいのだろうか。今まで気づく事のなかった彼女の優しさを、そのまま言葉にしたとし
てもどうも上手く伝えられる自信がない。
ここまで何を思って、どう解釈して、そうこれだと。はっきりと形に成ってない思いを中途半端に伝えれば
空中で霧散してしまいそうで。

「……たいしたことじゃない」

そうして迷った末に自分ははぐらかすのだ。――全く卑怯な事に。
勾陣は片方だけその柳眉を跳ね上げたが、すぐさま視線を外して先程紅蓮がしていたように太陽を見上げた。

「そうか」

目映さに瞳を伏せて、それでも心地良さそうにその恩恵を受け入れる。
陽射しの中でのその風景はあまりにも透明で、克明な黒の色彩が薄い絹に覆われるようで彼女の存在にまる
で紗が掛かったかのようだ。
それでも隣からは変わらずはっきりとした暖かな気配が伝わってくる。

――あぁこれだ。

紅蓮は瞬時に閃いた。
自分にとっての彼女の存在はまさにこれだったのだ。

太陽のような輝きではなく、月のように静かに降り注ぐでもなく。

瞭然とした姿を持たない、触れる事さえ出来ないそれはまさに陽炎の如く。
身体に感じる温度だけが確かなもの。
それが彼女からの見守られるという感覚だ

その彼女の暖かさに気付き、応えられるようになりたいと思った。
互いを思い、互いを信じ。そこからやっと自分は共に在る、と言う存在を理解出来るようになったのだ。

「……勾」
「ん?」

声を掛ければごく自然に言葉が返る。
光の薄絹の向こうで姿を現した黒曜が、ゆったりと此方を見遣った。
彼女の、優しさに対することははっきりと口に出来ないけれど、これだけは確かなこと。


「……ありがとう」




いつだって君は其処にいた

(気付くのが遅れてごめん。それから傍にいてくれて有難う)




20080720

1周年有難う御座います。
一応、記念としてフリーです。お好きなようにしてください(笑)




「雨雫」加月さんより一周年フリーをいただいてきました^^一周年、おめでとうございます。これからもよろしくおねがいいたしますね。
 紅蓮は本当に鈍感ですよね。一人に慣れすぎて、痛いことに慣れすぎていて、手の中からこぼれ落ちそうになったらようやっと気づく。ああ、そうだなあと加月さんの文章からしんしんと伝わってきました。それから「陽炎」という表現。以前から「紅蓮にとって昌浩は光で救いで、晴明もまあ同じ感じで(←)……じゃあ勾陣はどうなんだろう」と疑問に思っていたんです。なくてはならない存在なのは明白。だけど、例えるなら…。
 その答えが加月さんの小説の中で見つかった気がします^^。やさしくてすてきな、あたたかな物語でした。読めて幸せです。
 08/02.15 はると