※すこし大人め。原作の昌彰が好きな方はご注意を。








さあさあと、音がした。

柔らかく、細やかなその音色が耳に届いて、閉じていた目をゆっくりと開ける。
暗闇にはもう慣れたはずなのに、やはりどこか見え辛くて。
必然眇めた目が捉えたのは、目の前にいる男のひと。


霞み煙る世界の片隅で


普段の雨とは幾分異なる。
細い銀糸が大地を濡らし、濃色に染め上げていく。
庭の木の葉が俯いて、その先からいくつもの粒を滴らせた。
開け放した蔀戸から見えるその光景を、ぼんやりとただ見ている。
まだうまく回らない思考回路を、訝しく思って。

最初は、ぽつぽつと。
やがて、さあさあと。

時が経つにつれ激しさを増すそれに、思ったのは「今日がお休みでよかった」。

だってこんなときに出仕でもしたら、いくら彼だって風邪をひいてしまうだろうから。


霞み煙る視界に突然現れたのは大きな手のひら。
いつも温かく触れてくるそれに、いまさらこわいと云う感情はない。
外へと向けていた目を、徐に近付いてくるそれに向ける。
じ、と見据えると、戸惑ったように一度止まって。
不思議に思って小首を傾げると、その動きに伴ってしゃらりと己の黒糸が流れた。
綺麗、と彼が言うから、いつだって手入れを欠かすことはなく。
動いた拍子にふわりと香ったいつもの伽羅に、昌浩はようやくほんのりと笑んだ。

ゆっくりと、ひどくもどかしい動きで。
ひたりとその手が頬に触れた。

その冷たさに目を見開く。
ぴくり、と肩が強張った。

「昌浩、寒いの?」

「・・・ううん」

「でも・・・手が冷たいわ」



「緊張、してるから」



え、と思って至近距離で見上げた顔に浮かぶのは、苦笑。
けれどその顔は言い切った途端深く俯いてしまって。

「?」

不思議に思うも、長い髪を後ろで一つに括ってあるから・・・段々と朱に染まっていく耳が此方からとてもよく見えた。


長く息を吐き出す。

きゅう、と胸が痛痒く締め付けられた。

これを人は「愛しさ」と呼ぶのだろう。

もうずっと一緒にいるのに。
何度も、こうして触れているのに。
それでも毎度、こわごわと触れてくるその手に思わず笑みが零れた。
相変わらずだ、と。

くつくつと零す笑いに気付いて、昌浩が訝しげに顔を上げる。

「・・・なに?」

「ううん、なんでもない」

じとり、と半眼で睨みつけてくる瞳が・・・暗に「言え」と言っているようで。
頬に添えられた手に己の手を重ねる。
彼とは反対に、こちらは身体のあちこちが火照って敵わない。手に触れる彼のつめたさが心地よかった。

このまま二人、溶けて一緒になってしまえばいいのに。

「・・・変わらないのね」

何が、とさらに疑問符を浮かべるその顔がおかしくて、また笑ってしまう。
ぶうと不満気に頬を膨らませたその顔に、数年前の彼を見た気がした。

この気持ちは出会った頃からずっと、いままでも変わることなど微塵もなく。
これからも、この気持ちを胸に抱いて生きていくんだろう。
いつも傍にいてくれる、彼と一緒に。



ふいに生まれた沈黙が、それまでの雰囲気を無に返す。
一転して真剣な面持ちになった彼の瞳を見て、ゆるゆると瞼を落とした。
頬に当てられた手に、僅かだが力がこもる。
唇にふと温かな温度を感じて、そのあとすぐに訪れたのはこの上もなく優しく、柔らかな感触。

どうしてこんなに安心するんだろう。
手のひらはつめたかったのに、触れた唇はあつくて、それだけで想いが溢れそうになる。
どうしようもないくらいに。
合わせただけで気持ちが伝わってくるなんて、なんて素敵なんだろう。


どれくらいそうしていたのだろうか。
徐にそれまでの温もりが離れて、目を開く。
その先にあったのは、不安そうに眉根を寄せる顔。

「おれは」

きゅう、と唇を噛み締めた顔。
どうしてそんな顔してるの。

「・・・分かってるから」

ひっそりと囁いて、その唇にひとさし指を宛がう。

「大丈夫」

衣擦れの音が暗闇に溶けて、大きな背中に腕を回した。
いつのまにこんなに体格差ができたのか。ちょっと前までは、すこし見上げるだけでよかったのに。
とん、と耳を広い胸に当てれば、耳に届くのは心なしか速い鼓動。・・・生きているあかし。

「大丈夫よ、わたしは」

ね、と顔を覗き込めば、そこにはいつもの大好きな笑顔があって。
腕を回した彼の背中で、しゅるりと髪紐を解く。
闇の中で自由を得た黒糸が弾けるように舞った。


ゆっくりと視界が反転して、背中には柔らかな感触。
安心させるように首筋を撫でられれば、あとはもう目を閉じればよかった。


視界は黒。
外には雨に煙る世界。
目の前には、だいすきなひと。














 か、かわゆい…っかわゆすぎますっお姫っ!昌浩の身体を心配して「お休みでよかった」なんて…!!しかも髪の手入れをかかさない…。…くぁーーーっ攫ってしまいたい……っ(ここに変な人がひとり)そしてそしてくふっふ(…)昌浩、緊張して手が冷たくなってしまったのね…!!あーもー成長したなあ…可愛い(←)もうもうマメ子さんの文は優しくてきれいで繊細で胸にすうっとしみこむんですものっ素敵!!
 マメ子さん、素敵な小説をありがとうございましたv5000ヒットおめでとうございますvv
 マメ子さんのサイトはこちらです→Sweepizm
 08/02.15 はると